夏木マリとかバタアシ金魚とか
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読書カテゴリで言うと、1つ前の記事でも少し触れてるように、僕、カタカナと漢字の組み合わせでできてる言葉って感覚的に好きです。
そんなわけで、数カ月前に書店の文庫新刊コーナーで見つけた『マラケシュ心中』は無条件に買ってしまいました。

マラケシュ心中!なんて美しい響きだろう!

という興奮はおいといて、つい先日読み終えました。
著者中山可穂さんは自らを“全身恋愛小説家”と称しているそうです。僕は少し前まで恋愛小説作家というものを一部例外を除いて意識的に避けていたので(なんか恋愛ってするもの、観るもので、読むものって感覚がなかった)、初めて読んだんですが、なるほど恋愛体質だこの作者は、ととても楽しく切なく興奮して読むことが出来ました。

恋と性の歓びを奔放に詠った恋歌により、歌壇の寵児として活躍する緒川絢彦。その絢彦の活動拠点の歌会にひとりの女性が現れる。
小川泉。美しい彼女に絢彦はひと目で惹かれる‥‥‥

という程度で止めておくと、どうなの?って感じですが、この後に続く物語はとてもスピーディーで波瀾に満ちてて、何よりも、読みやすい。

ところで、書評や作者あとがきでも賛否両論が激しくあったと書かれているけど、その“否”の意見の殆どであったらしい登場人物のアイドル歌手が可哀相というものとヒロインに対する否定的意見は凄くお門違い。
要するに、ほったらかしかい!や最低な女だな!的な意見なんだろうけど、そんなこと思う人については恋愛したことないんじゃなかろーか?なんて思ってしまう。
恋愛って相手もしくは自分、もしくは両方が最重要で、程度の差こそあれ二人さえいればいい、という感情になるもので、その場合私とあなた以外はいてもいなくてもいいし(例えば惚気を聞いてくれるならいてよ、とか)、乱暴に言っちゃえば邪魔。
そういう意味で言うと、主人公とヒロインが二人の恋のためにまわりの人間を傷つけ蔑ろにする様子は“恋愛”するためにはしょうがないことだし、僕はとってもよくわかった。ような気がしてる。
あと、主人公の心変わりや刹那的な感情が唐突に訪れたりするあたりは、そうそう、これぞ恋愛!って感じでキュンときた。

と、ここまで“恋愛小説”として推しといてあれですが、『マラケシュ心中』、一番強く感じたのは、実は『ダ・ヴィンチ・コード』みたいだなー、ということ。

『ダ・ヴィンチ・コード』の良さっていろいろあるんだろうけど、個人的には映像化を意識して書いたかのような印象的な人物登場のシーンや劇的な場面転換や会話だと思っていて、それこそが『ダ・ヴィンチ・コード』を冒険小説として良質な作品たらしめてるんじゃないかと思うわけです。
え?あれミステリなんですか。。。そうですか。

まあ、とにかく『マラケシュ心中』も冒険小説かと思うぐらいストーリーがうねるし、ロケーションもぐるぐる変わる。
恋愛のかたちとしては好みも分かれるだろうけど、主人公緒川絢彦の冒険譚として読めば楽しいと思う。けっこう凄い行動力なんだよね、絢彦さんてば。



でもね、ホントのホントの本心を言うと、官能的なシーン(下世話でなのでも美しいのでもいい)がもっともっとあればよかったのにぃ、ですが。。。

ちなみに、『マラケシュ心中』は女性同士の恋愛を描いたものです。というか中山可穂さんといえば女と女の恋物語、なんだそうです。
こういうのって男性と女性で意見や感想が決定的に違ってたりして、面白いですよね(ノンケかゲイかなんてことを気にしたり、特別視したりする奴は問題外、として。ってそんな奴いるのか今どき。っているんだよねまだ)。



あ、今日も記事の最初にあるイラストは意味なし、です。
というか供養みたいなもの。。。
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by clyde_8 | 2005-10-14 12:53 | 読書
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