シベリア超特急も言葉としては心地良い。いや、そういうことではなく
少し前の話になるけれど(2、3ヶ月前、だったと思う)、『キッチン・コンフィデンシャル』文庫版を目にして、つい買ってしまった。
“つい”というのは別の用事で本屋に入ったのに(例によって資料購入のため)、という意味もあるけれど、それ以上に“つい”なのは3冊目だったから。
1冊目を買ったのは3、4年前なので、同じ本を4年間に3冊となると、“つい”じゃなくて“ついつい”買っちゃった、ですかね。

その日は確か村上春樹さんの『象の消滅』も一緒に買ったんだけど、これは1993年にアメリカで刊行された村上春樹さんの短編集。
これも収録されてる小説に関しては、読んだことあるものばかりなのに“つい”。



そうそう、『象の消滅』に収録されている『パン屋再襲撃』という作品。
短編小説としても大好きだけど、タイトルがとにかく好きなんです。
僕は昔からからカタカナと漢字の組み合わせでできてる言葉が好きで、例えば、『パノラマ島綺譚』とか『赤色エレジー』、『天才バカボン』とか。。。
理由はない。字面とか雰囲気が好きなんです。
そういう感覚的に好きな言葉があるって意識したのは『パン屋再襲撃』が最初。
それもあって、『象の消滅』を“つい”。。。



閑話休題、『キッチン・コンフィデンシャル』のことだった。
この本は現役シェフがレストラン業界の裏側を綴ったもので、いわゆる内幕もの。かなり過激な部分や赤裸々な箇所もあり、えぇッ!そうなの!?と驚かされることも多々。

最初に買った新書版の『キッチン〜』はペーパーバック的な装丁の格好良さや、帯の文句の扇情的なところにつられて手にとり、読むのが遅い僕にしては珍しくあっという間に読んじゃって、最高、最高!と騒いでた。

で、camoにこれ読んでみてよ!と『キッチン〜』を渡したら、「読み難いからいらない、自分で買うから」と突き返された。

僕の場合、どれだけその本にのめり込んだかの目安のひとつに本の綺麗さがある。かなり気に入った本は読み終わった後の姿が美しくない。汚れがつくのではなく、ページが折られていて見難い(醜い)。気に入ったエピソードや文章、表現、単語なんかがあるページは、端っこのほうを折ってしまうから、折れたページばかりの本がたまにある。

『キッチン〜』はかなりの頻度でページを折りつつ読んだから、本としてちょっと歪になってしまった。そんなわけで、camoにとっては(いや、誰にとっても)僕の初代『キッチン〜』はやや読み難い。

2冊目の『キッチン〜』を買ったのは去年で、その頃には『キッチン〜』は絶版になっていた。
絶版になってるなら、すぐに手に入らなくなるだろうし、装丁も凄く好きな本だから資料として1冊持っててもいいかなと思って買った。

ああ、そうさ。2冊目に買ったやつは読んでもないさ!
そのかわり折れなし帯付きだぞ!
(↑開き直り)

そして、3冊目、文庫版です。
資料を買いに入った本屋で、なんとなく文庫の新刊コーナーを眺めてたら発見。
あぁ、文庫になるから絶版だったのか。とか、文庫版はタイトル、ゴシック体なんだ。
なんて思いつつ手にとって、気付いたらレジでした。

困ったもんだ。。。

でも、『キッチン〜』はそれぐらい僕の心を捉えた本だったんです。

それはスープだった。
冷たかった。

———『キッチン・コンフィデンシャル』
「ファーストコース〜料理には魔力がある」より

これは著者が小学生の頃、要するにスープといえば暖かくて、というより熱くて安っぽい味だった頃に、大西洋横断の大航海家族旅行で、ヴィシソワーズを初めて食べた時の感想。
この時初めて料理を空腹を満たすものとしてではなく、楽しむものとして意識し、これ以降著者は料理とそれにまつわる世界の魅力にとりつかれていくことになる。

この時の旅行ではヴィシソワーズの衝撃、それ以外大した記憶がない、とまで書いている。

こういう視点を持ってる人の人生は面白いに決まってる。

僕は自分がもし小学生の時にヴィシソワーズを初めて食べたとして、どう思っただろうかと考えてみた。

たぶん、冷たいなぁ、変なスープ。ぐらいは思っただろうけど、冷たいことに衝撃を受け、そのことで料理の新しい側面を発見するなんて、、、
まず、ない。

著者の視点の新鮮さや感受性、好奇心は人生を楽しむためにも見習うとこだらけ。それだけでも読む価値ありなのに、それに加えてレストラン業界の驚愕の事実や、料理人って結構ロックン・ローラーなのね、なんてこともわかる。
楽しい、楽しい。

加えてグラフィックデザイナーやってる人は料理人の世界との相似点に驚くかも。例えば、映画『ディナー・ラッシュ』でも描かれてたエピソードにこんなのが。
スー・シェフがミーズ・アン・プラス(調味料などのセット。その種類や配置にシェフそれぞれのこだわりがある)の配置がいじられて変わってることに激怒する。

一方、デザイナーの場合、それぞれにキーボードの配置、角度、マウスパッドの位置、カッターナイフの種類、メンディングテープの幅、その他諸々にこだわりがある。さすがにそれをいじられて激怒する人は少ないけども、“自分の状態”にしないと作業が始められない人はたくさんいる。そう、アートディレクターが他のデザイナーの机で作業する時は(修正や指導のため)、まず“自分の状態”にするため、キーボードとマウスの角度調整から始まる!

他にも、シェフがコックに最初に求めること。それは忠誠であり、作業の速さであり、指示に対する従順さで、創造性や自己主張は二の次、もしくは一人前になってから、段階を踏んでから、どうせならシェフになって自分のチームで発揮しろ!

これ、デザイナーの場合だと、アートディレクターがデザイナーに最初に求めること。それは忠誠であり、作業の速さであり、指示に対する従順さで、創造性や自己主張は二の次、もしくは一人前になってから、段階を踏んでから、どうせならアートディレクターになって自分のチームで発揮しろ!

まさに、そのまんま!

そして、その通りなんです。
食ってもらってなんぼ、買ってもらってなんぼの世界では、ペーペーの自己主張というのは料理、デザインの質を落とすことのほうが多い!
シェフというのはクリエイティブディレクターで(手より頭や発想で勝負する)、スー・シェフはアートディレクターで(手を動かしつつ全体のコントロール)、コックはデザイナー(パスタどんどん茹でろ、ロゴどんどん作れ)。もちろんこういうことは他の仕事や業界でもあることだろうけど、僕はデザイナーしかやったことがないので。。。

ま、こんなふうに『キッチン〜』には人生を楽しむ上でも、仕事のことを考える上でも、指針となるようなエピソードがたくさん書いてあって、そのうえ娯楽としてはスリリングで面白い。
楽しい、最高だ!

ラスト一行で鳥肌が立たない人はいないはず。

傑作です。



d0025304_15161811.jpg原書のレビューには、“キッチンのジャック・ケルアック”なんて書かれてるらしい。
ロバート・ハリスさんの自伝にも通じる魂を感じる、よね?
ブラピ&D・フィンチャーコンビで映画化の噂あり。

そうそう、ブラピ&フィンチャーといえば……、、、
って、それはまた、別の話。
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by clyde_8 | 2005-08-17 15:11 | 読書
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